2021年5月、ミャンマーの銀行の前では、開店の何時間も前から人が並んでいた。ロイターが伝えたのは、午前4時ごろにでき始める列と、午前9時半の開店後に現金を引き出せる最初の15人または30人に渡されるプラスチック製の番号札だった。早起きは得意かどうかという話ではない。生活に必要な現金にたどり着くため、朝の時間を差し出す必要があった。
背景には同年2月1日の軍事クーデター後の金融混乱がある。銀行の営業は不安定になり、現金が不足し、オンライン送金も通信障害などの影響を受けた。番号札を得られなかった人には、数少ない稼働中のATMを長時間待つか、高額な手数料を取る非公式の現金仲介者を頼るかという選択肢があった、と報道は記す。列の人を一律に特定の政治的立場の支持者とみなすことはできない。
私たちは通常、銀行口座の残高を「使えるお金」と考える。ところがその朝、数字として存在する預金と、手で受け取れる紙幣のあいだには、営業時間、供給量、番号札という複数の関門があった。番号札は平等な順序をつくる道具にもなるが、配られる数が限られていれば、列に並んだ全員の問題を解決するわけではない。
世界には新商品の発売を待つ行列もある。ここで人々が待っていたのは、新しい何かではなく、すでに自分のものとして預けていたお金だった。同じ「待つ」でも、失われている自由は違う。
午前4時から待つ人々は銀行の開店時刻ではなく、その日に現金が残る順番を読んでいた。早朝の列は、営業時間より在庫への不安が一日の開始を決めた証拠である。
