2025年秋、ガザ地区ヌセイラト難民キャンプの慈善食堂に、避難民が空の鍋を持って並んだ。アフリカニュースとAPの記録では、列の多くを子どもが占め、食堂で配られる食事がその日に確実に得られる唯一の一食だという人もいた。ある火曜日の献立は、大鍋からそれぞれの容器へ注がれる米だけだった。
この待機を「助け合いの美談」として切り取ることはできない。停戦後も仕事と収入を失った家族にとって、市場の食品価格は手が届かず、慈善食堂には代替がなかった。援助物資が入っても必要量には大きく足りず、列は食料供給の不足を、家庭ごとの空の容器として見せていた。
一般の配食列では、受け取る品が主役になりやすい。ヌセイラトで目を引くのは、人びとが自宅から持ってきた鍋だ。容器の一つひとつが、その食事を待つ世帯の存在を示し、食堂の大鍋と家庭の食卓のあいだをつないでいた。
