1937年4月から5月、イリノイ州ショーニータウンの「テント・シティ」で、男性、女性、子どもが食事を受け取るため列をつくった。農業安定局の写真家ラッセル・リーが撮影し、米国議会図書館の目録は題名そのものに「食べさせてもらうため列で待つ」と記している。資料の件名は、この仮設生活の背景が洪水だったことを示す。
災害後の給食は、食料があるだけでは成り立たない。住民が同じ場所へ集まり、限られた配膳口から順に受け取る仕組みが必要になる。写真記録が明らかにするのは、成人だけでなく子どももその順番の中にいたことだ。目録は人数、待ち時間、献立を示していないため、それらを想像で足さない。
この列を「助け合い」だけで美しくまとめることはできない。住居や日常の食事の手順が崩れた結果、人々はテント村で給食の時刻と配膳の順番に生活を合わせなければならなかった。写真の価値は、洪水被害を水位や損壊戸数だけでなく、一食を受け取るため家族が並ぶ姿として残した点にある。非常時の復旧は大きな工事だけでなく、次の皿を誰へ渡すかという小さな秩序から始まっていた。
