1942年、米国政府は日系人を西海岸から強制移動させ、ワシントン州ピュアラップの仮収容所「キャンプ・ハーモニー」へ送った。登録では家族ごとに書類を処理し、軍の担当者が居住区を割り当てた。収容所の食堂前で列をつくる人びとの写真も国立公文書記録として残る。

ここで順番を待つことは、自ら選んだサービスへのアクセスではなかった。政府が奪った住居と移動の自由を、同じ政府が番号、居住区、食事の順番として再配分した。整然とした列は制度の公正さではなく、強制収容を運営可能な手続きへ変える装置だった。