19世紀後半の英国で、住まいを持たない旅人や困窮者が一夜の収容を求めるとき、救貧院の臨時収容所は夕方に受付を始めた。救貧院史の資料は、その手続が「入所の列に加わる」ことから始まったと明記する。寝台数には限りがあり、遅く着いた人は断られることもあった。1874年の入所希望者、1887年のロンドンの収容所、1902年のホワイトチャペル入口には、待つ人々の図像記録も残る。

扉が開くのは午後5時か6時ごろ。入所者は所持品を調べられ、衣服を脱いで入浴し、寝間着と毛布を受け取った。夕食はパンと薄い粥という簡素なものだった。したがって、この列は単に建物へ入る順番ではない。限られた寝床を確保できるかどうかが、到着時刻と列の位置に左右された。救済は用意されていても、その入口では選別と規律が待っていた。