第二次世界大戦終結から一年足らずの1946年7月8日、英国下院では旅券事務所の列が具体的な生活問題として取り上げられた。ある議員は、旅券を得る人々が対応を受けるまで最長8時間立って待ち、列には子ども連れの母親もいると指摘した。別の質問は、建物内に椅子を増やせないかと政府に求めた。政府側の答弁では、ロンドン旅券事務所には約150人分の座席があり、可能な限り数脚を追加する予定だった。つまり、混雑への対策として語られたのは処理時間の短縮だけでなく、「待つ身体をどこに置くか」でもあった。議会記録には、金銭によって早く扱われる者がいるとの苦情も示されたが、政府はその含意を受け入れず、三つある旅券事務所のどこを指すのか詳細を求めた。したがって不正の存在はこの資料だけでは確認できない。一方、長時間の列、子ども連れ、座席数については、同日の質問と答弁が直接の記録を残す。戦後の海外渡航が再び動き始めても、行政窓口はその需要を滑らかに処理できなかった。最大8時間という数字と150席という数字の食い違いが、旅券を手にする前に市民が引き受けた待機の規模を伝えている。質問が「椅子を置けるか」という形を取ったことは、行列が一時的な逸脱ではなく、庁舎内部の設備で受け止めるべき規模になっていたことを示す。旅券制度の歴史は書類や国境規則だけではなく、窓口の床面積や椅子の数にも刻まれている。