ケニアでは1957年に植民地末期の選挙が行われ、1961年の「決着しない選挙」を経て、1963年5月の投票と同年末の独立へ進んだ。研究論文は、ガーナ、ケニア、ウガンダの投票者が警察の監視下で投票所に並び、名簿照合と指へのインクを受けたと記す。ケニアでは集会にも警察が目立って立ち、警棒や催涙ガスで介入する用意があった。秘密投票は平等な市民を形づくる制度として提示された一方、植民地国家の強制力を常に伴っていた。投票列の順序は「一人一票」の外形を整えたが、その周囲には入植者の権益、中央集権か地方分権か、民族主義政党の競争があった。列は独立への一本道ではなく、どの国家を引き継ぐのかをめぐる対立の中でつくられた。
ケニア · 1950年代
警察の監視下で一票を待つ、独立前ケニア
