ウガンダの1958年選挙では、有権者登録が事実上強制的に進められた地域があり、住民の不満に民族主義政治家が十分向き合わなかったと研究論文は指摘する。投票者は警察の視線の下で投票所に並び、氏名を照合され、指へインクを塗られた。しかし「国民」が同じ列に集まったわけではない。1961年選挙ではブガンダで大規模なボイコットが起き、結果の正統性を弱めた。1962年にはブガンダが自らの議会を選び、その議会が国会議員を選出する間接方式が認められた。つまり列に加わること、加わらないこと、別の選挙制度を選ぶことが、それぞれ国家への所属をめぐる意思表示になった。投票列は国民統合の象徴であると同時に、誰がどの国家へ参加するかという亀裂も可視化した。