2013年春、キプロスの金融危機は「銀行が開いていること」と「預金を自由に使えること」が別だと示した。休業していた銀行が営業を再開しても、現金引き出しや送金には制限が設けられた。窓口の前で待つ時間は、単なる混雑ではなく、金融制度への信頼が揺らいだ時間でもあった。

キプロスはユーロ圏の一員だった。それでも、共通通貨を使うことが資金移動の自由を常に保証するわけではない。商店には仕入れの支払いがあり、家庭には毎日の生活費がある。口座に表示される数字と、今日手にできる現金が違う意味を持ち始めた。

当時の銀行前の行列を説明するには、支店や日付を特定できる報道の照合が必要だ。列の長さを誇張しなくても、預けたお金を受け取るという日常の約束が、突然不確かになったことは伝えられる。

銀行再開は資本規制の終了を意味しなかった。窓口が開いても、引き出し額や送金条件が残れば、人々は利用できる範囲を確かめるために並ぶ。

ロイターは2013年3月、厳しい制限下で再開したキプロスの銀行列を直接記録している。