1980年代から1990年代半ばにかけて、北京駅の出発客は設計時の想定を大きく超えた。中国新聞社系の回顧記事は、この時期、切符売場の窓口へ人が押し寄せる光景が日常的だったと記録している。1987年の同時代資料にも、待合室からあふれた旅行者が駅の通路に列をつくる写真説明が残る。
当時の鉄道切符は、現在のようにスマートフォンで場所を選ばず買えるものではなかった。旅の計画は、まず窓口へ行き、列の進み方と残席に自分の予定を合わせるところから始まる。とりわけ春節など移動が集中する時期には、駅の処理能力そのものが、誰がいつ故郷へ帰れるかを左右した。
この候補について以前継承されていた「広州で約5キロ」という記述は、北京駅と1980年代という条件を同時に裏づけられないため採用しない。確認できるのは、北京駅で切符窓口の群衆が常態化し、1987年には人々が通路へ並ぶほど待合空間があふれていたことだ。
列は単なる混雑ではない。切符を受け取る窓口へ向かい、自分の番を待つ人々の順序である。北京駅の記録は、大量移動を支える鉄道が、列車の発車前にもう一つの旅――切符を得るための待機――を生んでいたことを示している。
