2015年9月28日、ネパールのカトマンズでは、ガソリンスタンドへ伸びる車両の列が写真に記録された。カトマンズ・ポスト紙によれば、バドラカリの給油所から続く列はババルマハルまで達した。列は店舗の前だけにあるのではない。都市の道路そのものが、給油の順番を待つ場所になっていた。
当時、ネパールでは新憲法への反発や国境付近の抗議行動を背景に、インド側からの燃料供給が混乱していた。インドによる『非公式の封鎖』とネパール側が捉える状況をめぐって政治的な対立もあった。ネパール石油公社は配給量に上限を設け、報道された新方式では二輪車に週3リットル、一般の四輪車には週10リットルが割り当てられた。列の長さと、最後に手に入る燃料の量は、まったく釣り合っていないように見える。
それでも、わずかな燃料には重みがあった。仕事場へ向かうこと、家族を送ること、物資を運ぶこと。道路を走るためのものが不足すると、道路は走るためではなく待つために埋まっていく。国境の政治と都市の日常は別々の話ではなかった。カトマンズの給油列は、その距離を一台ずつつないでいた。
三リットルの上限は、長い車列の先でも満タンにならないことを意味した。都市を横切るほど待って得られたのは移動の自由ではなく、次の給油所を探すまでのわずかな距離だった。
