1920年のワルシャワでは、煙草を買うにも早朝から順番を待った。米国議会図書館に残るアメリカ赤十字の写真説明は、市内で煙草を配給する420店の一つに朝の列ができたと記す。列はパンや衣服だけでなく、煙草や飲み物にまで及び、「queue」が日常の習慣になったと同時代の説明は述べている。
第一次世界大戦とその後の混乱で、都市には生活必需品も嗜好品も不足していた。さらに、荒廃した白ロシア方面から多数の避難民が首都へ入り、赤十字の救援所前には特に長い列ができた。赤十字は孤児院や病院を支援し、米国から届いた古着も配った。煙草店の列は単独の珍事ではなく、物資の流れが細くなった都市全体の待機網の一部だった。
写真説明はこの煙草列の人数や待ち時間を示していない。それでも、420という店の数は配給が例外的な一店舗の工夫ではなく、市内規模の仕組みだったことを伝える。食べ物を得る列と同じ街路に、煙草を受け取る列も現れた。何が必需品で何がぜいたく品かという区別より先に、不足があらゆる品物を「次の人へ渡す順番」に変えていた。
