1996年3月末、香港の入境管理事務所前に約1万6千人が並んだ。英国属領市民としての手続きを済ませ、1997年の香港返還後にも使える英国旅券を得るための最終期限が迫っていた。移民当局は増員し、週末も窓口を延長して群衆に対応した。

この列の固有性は、旅券申請が単なる旅行書類ではなく、主権移管後の移動可能性を残す選択になった点にある。一本の締切線に、植民地統治の終わりと、個人が未来の不確実性へ備える判断が重なった。