1944年8月21日、メルボルンのエリザベス・ハウスで、日本側の捕虜となった人々の近親者が列を作った。目的は捕虜親族協会の部屋へ入り、捕虜向けラジオ放送に載せる伝言フォームへ記入することだった。オーストラリア戦争記念館の写真記録141590は、列の場所、日付、待っていた人々、手続きの目的を明記している。ここで順番の先にあったのは面会でも釈放でもなく、限られた放送経路へ家族の言葉を乗せるための用紙だった。資料は伝言の内容や、それが本人へ届いたかどうかを示さない。だからこそ断定できる事実は重い。戦時の通信が細い制度的な通路に限られたとき、家族の言葉はまず窓口の列に並び、定型のフォームへ収められなければならなかった。