17世紀のイスタンブールでは、帝国の中心トプカプ宮が、臣民の訴えを受け取る場所でもあった。宮殿の第一中庭は広く人々に開かれ、そこでは請願者が書記に文書を渡すため待っていた。書記は請願を受け取り、しかるべき宮廷部門へ回した。別の研究は、1693年にはディヴァンのたびに数百通の請願がスルタンへ渡されていたと伝える。現代の番号札や整列柵があったわけではない。それでも、入口、中庭、書記、審議機関へと進む順序が、権力へ声を届けるための待ち方を形づくっていた。請願は単なる紙ではない。遠い支配者へ不正や困窮を訴える、数少ない接点だった。人々が宮廷の前で待った時間には、自分の番が来る期待と、訴えが届くか分からない不安が重なっていた。制度も風景も違うが、窓口の向こうへ願いを届けるため待つ気持ちは、時代を越えて理解できる。
オスマン帝国・イスタンブル · 17世紀
請願を手渡す順番――17世紀イスタンブールの宮廷前庭
