1945年10月8日、北ボルネオのジェッセルトンで、植村隊の日本兵が検査を待つ列に置かれた。オーストラリア戦争記念館の写真説明によれば、兵士たちは武装解除され、所持品検査と健康診断を受け、第2/32大隊の監視下で捕虜収容区へ移送された。撮影者はF・A・C・バーク軍曹である。
これはサービスを受けるために自発的に並ぶ列ではない。敗戦後の拘束下で、管理する側が身体と所持品を一人ずつ確認するために作った強制的な順番だった。資料は捕虜を全員「健康」とし、さらに別の日本人を収容する施設の建設作業に使われたと記す。だが、その記述だけから個々人の状態や感情を推測しない。
行列という形は同じでも、選択できる待機と命令された待機は区別しなければならない。この写真に残る順番は効率的な受付の工夫ではなく、武装解除、検査、収容、労働という管理工程の一部だった。列の秩序を、並ばされた人々の同意と取り違えてはならない。
