ケニアのダダーブ難民キャンプ群が約23万人に膨らんだ時期、毎朝、数百人の新たな到着者がUNHCR登録事務所の前で職員を待った。ソマリアから逃れてきた人びとにとって、登録は援助制度へ入る入口だった。
三つの隣接キャンプは、世界でも特に古く、巨大で過密な難民居住地の一つになっていた。列は窓口が開く前からでき、到着者の増加が事務処理の能力を上回っていた。
ここで順番を待つことは選択ではない。移動を強いられた人が、自分の存在を制度に認識させ、支援へつながるための最初の手続きだった。
ケニア · 1990年代

ケニアのダダーブ難民キャンプ群が約23万人に膨らんだ時期、毎朝、数百人の新たな到着者がUNHCR登録事務所の前で職員を待った。ソマリアから逃れてきた人びとにとって、登録は援助制度へ入る入口だった。
三つの隣接キャンプは、世界でも特に古く、巨大で過密な難民居住地の一つになっていた。列は窓口が開く前からでき、到着者の増加が事務処理の能力を上回っていた。
ここで順番を待つことは選択ではない。移動を強いられた人が、自分の存在を制度に認識させ、支援へつながるための最初の手続きだった。