1855年から1890年まで、ニューヨークのキャッスル・ガーデンは主要な移民受入施設だった。米国国立公園局によれば、到着者は登録窓口へ進む前に、英語を話せる人の列と、主にドイツ語やフランス語など別の言語を理解する人の列へ分けられた。船を降りた後の最初の順番が、言語能力で枝分かれしたのである。

移民は氏名、年齢、職業、目的地などを登録し、その後、荷物、鉄道券、職業紹介、両替といった窓口へ進んだ。施設は詐欺や悪質な客引きから新来者を守る目的もあったが、大量の人を処理する仕組みは分類に依存した。係官と直接話せるかどうかは、説明を受けて次へ進む速さを左右する。キャッスル・ガーデンの二本の列は、入国が地理的な通過だけでなく、自分を行政の理解できる言葉へ翻訳する過程でもあったことを示している。