1940年7月、バージニア州リトルクリークの船着場で、自動車とトラックがフェリー「プリンセス・アン」への乗船順を待っていた。米国農業安定局の写真家ジャック・デラーノが撮影した一連の写真について、米国議会図書館の目録は車両が列をつくったことを明記している。ここはケープチャールズへ渡る「南への玄関」だった。
列の中には、フロリダからバージニア東海岸へ向かう移動農業労働者もいた。写真群は桟橋の車列だけでなく、船内のバスとトラック、乗客、防水扉も記録した。道路を走ってきた車両は、水路の手前でいったん同じ場所に集まり、船の収容順に並び直さなければ先へ進めない。
目録は列の長さや待ち時間を伝えていないため、数字は推測しない。確認できるのは、31点の写真からなる記録が、車両・乗客・船内を一つの移動工程として残したことだ。車列は観光名所への渋滞ではない。季節労働者を含む人々の移動が、道路からフェリーへ切り替わる接続点で生まれた。陸路の連続性が水面で途切れると、前へ進む速度はエンジンではなく船に乗れる順番で決まった。
