2016年10月14日、プミポン国王の遺体がバンコクのシリラート病院から王宮へ移されると、沿道には黒い服の人々が並んだ。タイ政府系の記録は、葬送行列の経路に数十万規模の人が集まったと伝える。観光庁も王宮周辺で弔意を示す人のため、日時、入口、サナームルアン地区への無料バスを案内した。弔問の列は、自然発生した群衆であると同時に、交通と入場管理を必要とする国家的な運営になった。
プミポン国王は70年間在位し、多くの国民にとって人生の大部分を通じた君主だった。一方、タイの王室をめぐる政治的・法的環境は複雑で、列にいた全員の感情を一つの「国民の悲しみ」にまとめることはできない。資料から確認できるのは、王宮へ近づく経路と、遺体を運ぶ車列を見るために人々が長い街路を占めたという事実である。
王宮の内部へ進む人、沿道で一瞬の通過を待つ人、記帳所へ向かう人では、待機対象が異なった。巨大な追悼を一つの列として数えるより、都市の複数の入口が弔意を別々の順番へ変えたと見るほうが正確だ。国王の移動は一度だったが、それを見るための待機は街全体に分散した。
